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Diary
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3月31日 (木)  大晦日

今年度も終わりです。

なんか、今年度というよりも

この世の終わりみたいな、3月でした。


明日から、4月
新年度

目が覚めたら、4月1日エイプリールフールで
大地震も津波も原発爆発も、ウッソー!!ってならないものか?



3月27日 (日)  ジムも復活

実は、私3月からスポーツジムに通い始めていました。
昨年からウォーキングで近くを約七キロ歩いていたけど、冬場の雪が多く屋外を歩く日が少なくなっていた事もあり、ジム通いを始めたんだけど…

慣れた頃に、この大震災でジムどころじゃなくなった。
そして、日が経ち仕事も復帰してジム通いも復帰する。

ジムに着くと、震災前の気持ちに戻った。
何も変わってない。

だけど、私の行っている時間は、魔の奥様タイム。常連の優雅な奥様達の憩いの場でもあるスポーツジムのロッカールームでは、ま〜良く喋る事、喋る事…

お互いの地震の後の行動を、事細かにペチャクチャ…。

しんどい。

奥様達は、仲間に会えた興奮で声のボリュームもアップしまくり。

私は、イソイソと準備を整えヘッドフォンを耳にぶち込みひたすら走る、ひたすらマシーンと格闘し2時間半たっぷり身体を動かし、ひっそりと退散。

スポーツジムの欠点は、あの妙な仲間達の群れとイントラのハイテンションな挨拶。

どうも私は、苦手だ。


3月26日 (土)  唄のチカラ

今日も、元気に営業です。

昨日よりも今日は大勢のお客様にいらして頂けました。
みんな歌って下さい!!
笑って下さい!!

国分町は、相変わらずまだまだ静かで寂しい中
久里からはカラオケの歌声を途絶える事は無かった。
午前2時をまわっても、久里からは唄も笑顔も溢れていた。

お帰りになる皆さんの顔はスッキリとして
笑顔に満ちていた。
幸せを実感しました。

まだまだ、避難所生活をなさっている方が多い中
本当にこれで良いのか?と振り返る事もあるけど
私は私の役割を果たすつもり。

唄にチカラを借りて


3月25日 (金)  久里の復活

金曜日

いつもの金曜日なら期待する曜日だけど。
震災から初めての営業になる今日は、緊張の金曜日になった。

昨日復旧した水で、お風呂に入り
二週間ぶりに化粧をし、身支度をして出かける。

国分町についたが、まだまだ営業している店も少ない、市ガスが来ないと飲食店は無理。

店先で、炭火で焼き鳥を焼いている。
弁当を売っている。
道を歩く人の手には、自宅待機に必要な物を両手に足早に去ってゆく。

そんな中、私はママに変身するべく
髪を結い、着物に着替えてお客様を迎える準備を整えた。

期待しない、期待しない…

ガッカリする事を回避するように期待と不安の思考を繰り返していた所に、お客様が!!!!

良かった!!
無事でよかった。

久里のお客様が誰一人欠ける事の無いように…
地震当日の、それぞれの日々を聞きながら沢山のお客様に足を運んで頂く事が出来ました。

ありがとうございます。
本当に有難うございます。



3月22日 (火)  現実との対面

生活環境が整い始めると、現実との対面が始まる。
今までは、生きてゆく為に必死でいたから恐怖も興奮の中にまぎれていた。

連日の報道で知らされる、今回の大地震の爪あとは、あまりにも大きすぎる。
家を無くし、家族を亡くし、職を失い希望を失いかけている人が同じ市内にいる。
同じ県にいる。同じ東北・日本にいる。

はたして、私は商売を続けていけるのだろうか?

店を始めて10年で、二週間も休んだこと等一度もない。
化粧をしなかった事も20歳の時に二週間入院した時依頼である。

私は、今自分の仕事を再開する準備は整った。
お客様は、整っている?
はたして、娯楽は許される?

本当の不安が私に襲いかかった。

でも、復活する為には準備が出来た人から走り出さないと、蹲っている人に手を貸せない。

だから、私は頑張って皆の笑顔の場所をつくる。


3月20日 (日)  店の片付け

久里は6階。

当然、揺れも大きくボトルの半分は割れて店内は酒の匂いが充満し足を踏み入れたらガラスの割れる音が響く。

ガラスの扉の中のボトルは助かったが、棚にあったボトルとグラスは全て落下。
カラオケの機械も落下。
とにかく棚に乗っていた全てが下に落ちていた。

生きている酒を1つに纏め、足元を整え店の復元を急いだ。
もし、私が店にいる間の地震だったら間違いなく被災者@に負傷者@がついてきたであろう。

ビルには、問題が無い事だけが幸いで、国分町のビルの中では、キケンの赤い紙を貼られている物もある。
久里は、復活できる。

良かった。

地震の前よりも綺麗にする。
壊れたカラオケも実は4月に変更予定だったので、前倒しで新機種にチェンジする事でOK。

ツイテルよ。

金曜日の営業再開に向けて、一歩づつ前進。


3月19日 (土)  屈辱の朝

ガソリンを無駄に出来ないので、車中の暖房は極力控え、毛布と簡易湯たんぽ、手袋に帽子をまとっても寒かった。

体内に温かいコーヒーを流し込めば当然トイレにも行きたくなる。
しかし、ここは給油待ちの車の列の中。

まだ、暗いうちは人の居ない場所へ行き済ませたが、少しウトウトしていたら白々と夜が明けてきた。
目を覚ませば、またトイレに行きたい!という気持ちになった。
時間は、午前6時。
同じ車中で寝ていた人達が、ゾロゾロと外へ出て来た。

もう、人影の無い場所など無い。

ピンチである。

いよいよ、最終兵器のバケツにビニールを付けた簡易オマルの出番の様だ。
あまりにも屈辱的な事。
しかし、あと開店まで2時間もある。
もらすワケにはいかない。

私は、後部席に準備してあったトイレにする覚悟を決めた。


さようなら。

さようなら私。





3月18日 (金)  片道キップ

思いっきり降った雪は、恐ろしく積もり
スノーシャベルで綺麗な雪をすくって浴槽へ溜めた。
ある意味、この雪は水確保の役にたった様だ。

問題はガソリン。
水汲みや、買出しで私の腰は限界に達していた。
車を使いたい。

給油ランプがついてから、10キロは走ったし、もうそれも限界を感じていた。
友人からの情報で、必ず満タンに給油出来るGSを聞き出し明日の8時開店の為に今日の夜8時から並ぶ決心をする。

ガソリンは片道分しかない。
毛布・ペットボトルに熱湯を入れた湯たんぽ。
コーヒー・オニギリ・お菓子・DSテトリス・オマル…
万全の準備で出発。

長い列の中に、私車中泊給油の旅がスタートした。


3月17日 (木)  被災者@は、歩く

地震から6日目。

市場が開いている情報を報道で知り午前10時リュックを背負って自宅を出発。
外は雪が降っている。

ガソリンを節約する為に徒歩で、仙台駅前の市場を目指してテクテク…。
人は、意外に歩けるモンなんですね。
重い荷物を手に持ち背負い、私は約20キロの道のりを歩いた。

買出しをした品物を提供し、知人のお宅で6日目にして初のお風呂に入る。
熱くて熱くて、お湯をかけられない。
身体が冷え切ってしまっていた。

外は、春が近い時に降る様な感じのものでは無い
物凄い雪が降り続いていた。



3月14日 (月)  明かりのチカラ

お陰様で、昨夜に電気が来た。
ヒーターもつけれるし、鍋でご飯を炊くこともしなくて良い。

そして、今まで耳で入っていた情報を想像を絶する映像で私の目に映し出されてきた。

まるで他所の国の話の様な映像は、間違いなく一度は通ったアノ道で、アノ場所。
そして、アノ友達の顔が浮かぶ。

みんな、生きていて欲しい。



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